今回の記事は、数年前からX(旧Twitter)上の音楽好きの間で流行し始め、未だに息が長く用いられているハッシュタグ「#私を構成する9枚」を自分なりに選出し、短評を添えたものになります。 

自分なりに大好きかつ思い入れの深いアルバムを選びました。厳密な順位付けはしていませんが、下のほうに行くほどお気に入りのアルバムになっています。



Bon Iver 『Bon Iver, Bon Iver』
多方面に影響を与えるUSインディフォークバンドによる2011年作。 繊細なフォークにゴスペル的荘厳さを加えた楽曲が、 アンビエント〜ポストロック系の音色使いと音響で磨き上げた音世界はまさに唯一無二。

前作『For Emma, Forever Ago』で感じられたパーソナルな空気感や素朴さを失わぬままに、同時に近寄りがたいような神々しさすらあるようなアンビバレントな魅力に満ち溢れています。流れた瞬間に周囲の空気を一変させるような音楽。自分にとってはそれが『Bon Iver, Bon Iver』です。





荒井由実『14番目の月』
自分がユーミンの音楽に初めて触れたのは、大学生の頃に聴いたベストアルバム 『日本の恋と、ユーミンと。』 でした。有名なアーティストのオールタイムベストアルバムだしなんとなく聴いてみるかなと思って手に取り、その楽曲のあまりの美しさには衝撃を受けました。それから彼女のオリジナルアルバムを聴きまくり、今では最も好きなアーティストの一人です。

ユーミンのアルバムで自分にとって一番思い入れがあるのは先ほどのベストアルバムですが、こういった企画でベストアルバムを選ぶのはなんとなくルールから外れる気がするので、 今回は1976年発表の4作目『14番目の月』を選びました。彼女の名盤の中でもいわゆるシティポップ的な洒脱で都会的な空気感の強い作風で、永遠の名曲 「中央フリーウェイ」をはじめ秀逸な楽曲揃い。松任谷正隆や山下達郎らが辣腕を振るう緻密な編曲もたまりません。

ユーミンはよく歌が下手と言われます。 たしかに強弱の付け方が硬かったりリズム感もとりたてて優れていなかったりと明確なウィークポイントはありますが、それ以上に独特の声質や響きの美しさは唯一無二だし、 自分は贔屓目抜きで大好きなシンガーだったりします。今作の楽曲も、Mike Baird(Dr.)やLeland Sklar(Ba.)といったアメリカ西海岸の腕利きのセッションミュージシャンによる演奏の上に彼女の歌声が乗っかることによって、一般的な巧いアンサンブルとは違う独特の味わい深さが生まれているように思えます。

ちなみに、 彼女の音楽に触れる入門編としては今作のほかに、2022年に発表されたオールタイム・ベストアルバム 『ユーミン万歳! 〜松任谷由実50周年記念ベストアルバム〜』がお勧め。収録楽曲はリミックスおよびリマスタリングされて音が良くなっているし、オリジナルアルバム未収録曲にしてユーミン屈指の名曲 「潮風にちぎれて」も聴けます。ユーミンは説明不要の大物アーティストであるものの、なんとなくスルーしている人も少なくない気がします(統計を取った訳ではありませんが……)。テレビで流れるような有名曲のみを聴いて済ませるにはあまりにも惜しい存在なので、この記事を読んだ人はぜひ彼女のアルバムを手に取ってほしいですね。





The Beach Boys『Pet Sounds』
ポップ・ミュージックの歴史にそびえ立つ説明不要の大傑作。 製作背景や後世へ与えた影響などあまりにも語りつくされている作品なので今更自分が言うことはありません。しかしながら、そういった“鳴っている音そのもの”とは直接的な関係のない周辺情報を度外視したとしても、ここまで美しくもの悲しい音楽は類を見ません。全ての音楽好きが聴くべき大傑作です。

なお、この作品にこれから触れる人に伝えておきたいのは、「まずはステレオミックスを聴くべき」だということ。音が混然一体となったオリジナルのモノラルのほうが良いという意見もありますが、ステレオが当たり前の現代の音楽に慣れた耳にとっては分離のはっきりとしたステレオのほうが普通に聴きやすいのも事実。The Beach Boysのような緻密なコーラスワークが魅力のグループにとってはとくにそうだと思います(ちなみに、初期のThe BeatesやThe Rolling Stonesはモノラルのほうが迫力があって良い)。過去に今作を聴いてピンと来なかった人も、50周年記念盤の後半に収録されているステレオミックスをぜひ聴いてみてください。




Jay-Z 『The Blueprint』
2000年に発表されたヒップホップ史に名を残す歴史的傑作。1st『Reasonable Doubt』以降、ヒットシングルを出しつつも“名盤”と呼べるクオリティのアルバムをなかなか出せなかったJay-Zが世に放った会心の作品です。当時はまだ若手だったKanye WestやJust Blazeをはじめとする鬼才プロデューサー陣による、ソウルフルなメロウさとエッジを両立したキャッチーなトラック群。そしてそれらを独創的なフロウで自在に乗りこなすJay-Zの堂々たるラップ(フロウの多彩さではJeru The Damajaと双璧を成す天才でしょう)。その両方が非常にハイクオリティで、自分をヒップホップ漬けにするには十分過ぎるインパクトがありました。

今作を繰り返し聴いたことは、自分の音楽への理解度を深める良い経験になったように感じます。そもそも自分がヒップホップを聴き始めた経緯についてですが、自分は昔からゲーム音楽などで用いられるヒップホップ風の曲(『テン・エイティ スノーボーディング』のキャラクター選択画面や 『ソニックアドベンチャー2バトル』のナックルズステージなど)がなんとなく好きでした。そこで「おそらく自分はヒップホップという音楽にハマるだろうから、最初は慣れなくとも頑張って好きになってみよう」と思い立ち、「ヒップホップ 名盤」でグーグル検索をして見つかった今作を手に取りました。最初のうちは英語のラップに馴染めずトラックばかりに耳が注目してしまう傾向がありました。しかし、今作を何度も聴いて彼のラップのフロウをある程度覚えるうちに、「ラップとトラックを同時に聴く」 感覚が徐々に養われていった気がします。そうした意味でも自分にとって思い入れの深い作品です。

なお、今回は自分がヒップホップに傾倒するきっかけとなった『The Blueprint』を選びましたが、彼は今作以外にも『Reasonable Doubt』『The Black Album』『American Gangster』といった数多くの名作を世に出しています。『The Blueprint 3』『Magna Carta... Holy Grail』も世間的な評判は今一つですが自分は大好きな作品。併せてお勧めです。




The Clash『London Calling』
パンクロックを土台にロカビリーやスカといった幅広い音楽を組み込み拡張させた、説明不要の名盤。 全ての収録曲がキャッチーかつ何回聴いても飽きない耐久性も兼ね備えており、ここまで全ての楽曲のクオリティが高いアルバムはロック史上稀でしょう。

自分が音楽を聴き始めた頃は、 音楽メディアの「ロック名盤100選」的な企画を頼りに名盤と呼ばれる作品を片っ端から聴いていました。当時は良いと思えても今では聴かなくなった作品は多々あるのですが、このアルバムは未だに最高だと思えます。





Dream Theater『Images And Words』
プログレッシブメタルというジャンルを定義した永遠の名作。複雑だが流れるような美しさを携えた曲構成や、多用される変拍子などいわゆる“プログレ”的な魅力はもちろん、多彩な展開のなかで繰り広げられるメロディはどれもキャッチーかつメロディアス。取っ付きにくさは微塵も無く、プログレ的な長尺曲の構築美とポップソングとしての親しみやすさをこれ以上ないほど高い水準で両立しています。

メタルファンの間で今作が長く語り継がれているのは、ひとえの楽曲の充実度でしょう。 プログレッシブメタルのお手本のような名曲「Take The Time」や「Metropolis, Part I: The Miracle And The Sleeper」 だけでなく、 Rush 「The Camera Eye」 から拝借した独特のリズムが後半のギターソロを引き立たせる「Surrounded」など全ての楽曲が素晴らしい。アルバムを評するときに「捨て曲無し」という表現がよく使われるが、今作はそれを超えた「名曲のみ」の作品と言えます。メタル好き以外の人も手に取る価値がある名盤です。




U2 『Achtung Baby』
アイルランドのロックバンドによる代表作。 今作では厳かなで崇高な『The Jothua Tree』から作風を変えてエレクトロニクスやダンサンブルなビートを導入し、一気に煌びやかな雰囲気を纏うようになりました。

自分が洋楽を聴き始めた当初から素晴らしいと感じていたアルバムですが、 様々な音楽を知った後に改めて聴いてみると、多種多様な音色を使い分けるエッジのギター捌きの存在感ならびに特異性に驚かされます。「Zoo Station」「The Fly」のようなスペーシーな音使いだけでなく、「Ultraviolet (Light My Way)」の鮮やかなカッティングも非常に聴き応え抜群。そして、そうしたギターワークが単なる飛び道具に成り下がっていないのも根本的なソングライティングの良さがあるからこそ。派手な装飾の奥底にある……どころか、それを押し破って突き出てくるようなBonoのヴォーカルの熱量と温かみは、いつ聴いても良いなぁと感じられます。

U2は時代毎に名盤を生み出し続けて来た稀有なバンドですが、作品全体の楽曲の充実度では今作がNo.1。問答無用の大傑作です。




Angra『Temple Of Shadows』
ブラジルのメロディックスピードメタル(メロスピ)バンドによる最高の名盤。Angraは作編曲の完成度、高度な演奏技術共に他の追随を許さない存在で、 十字軍遠征をテーマにした今作ではその強みが最高の形で結実しています。 Angraの音楽はクラシカルなメロスピが土台になっているのですが、ジャズや南米の音楽などの要素が巧みに溶け込まされており、多くのメロスピにありがちな"インパクトはあるが深みに欠ける”感は一切ありません。Edu Falaschiの気高くパワフルな歌声や、テクニカルさとメロディアスさが完璧に両立された珠玉のギターソロの数々も筆舌に尽くしがたいものがあります。

音楽史に残すべきドラマティックな疾走曲「Spread Your Fire」や、テクニカルな「Angels And Demons」といったメタル的な楽曲の素晴らしさはもちろん、とりわけフラメンコ風のイントロが印象的な長尺曲 「The Shadow Hunter」の中盤のツインリードはHR/HM史上最高の瞬間のひとつでしょう。それだけでなく、「Sprouts Of Time」などの非メタル的なバラード曲も引けを取らない出来栄え。楽曲の充実度、演奏技術、アルバム全体の構成、全てが他に類を見ないほどの完成度を誇っているのが『Temple Of Shadows』です。

高校生の頃に初めて「Spread Your Fire」を聴いた時の「こんなドラマティックでカッコいい音楽がこの世にあったのか!」という衝撃は今でも覚えています。そして、聴きこむにつれてそれ以外の楽曲の奥深さにもだんだんと気付いていきました。現在は自分の音楽の趣味嗜好の変化もあってその頃ほどメタルは聴かなくなったものの、Angraは今でも大好きなバンド。一生聴き続けると思います。





Streetlight Manifesto『The Hands That Thieve』
パンクロックとジャマイカの音楽スカと融合させたジャンル「スカパンク」に分類される、USの7人組バンドによる2013年作。スカパンク好き以外には知られていないバンドですが、むしろそうしたジャンルに馴染めない人(自分含む)にこそ聴いてほしい、唯一無二の音楽性を持つ逸材がStreetlight Manifestoです。

作詞作曲を手掛けるリーダーのTomas Kalnoky(Vo./Gt.)によると主な影響元は、スウィング・ジャズ、ハードコアを含むパンク系統の音楽、さらには映画『スタンド・バイ・ミー』のサウンドトラックやThe Driftersといった50〜60年代モータウンサウンドが挙げられています。また、チェコ系アメリカ人である彼のルーツもあってか、東欧のフォークやジプシージャズの要素もあるようです(上記の情報はすべて英語版Wikiより)。それ以外にもラテン音楽の要素もあったりと、彼らが取り込んでいる音楽の幅は相当のもの。またその一方、過去にAPラジオ番組のインタビューで、スカの影響はあまり受けておらずスカのファンでも無いと語っていたらしいです(実際、彼らの楽曲にはスカの基本である裏打ちのリズムが殆ど用いられていません)。

彼らの楽曲は前述したジャンルのミクスチャーではあるもの、とにかく作編曲のクオリティがあまりにも高く、結果的に彼らにしか出せない強固なオリジナリティが生まれています。キャッチーなホーンセクションは並みのスカパンクが足元に及ばないほど立体感があるし、Bad Religion系のまくしたてヴォーカルによって歌われるメロディも早口が故の上滑り感が微塵もなく、フックが効いていて深みがある。彼らのトレードマークとも言えるシンガロング・コーラスによって生じる高揚感もたまりません。

そして、自分が最も素晴らしいと感じるのが、上記のような要素によって生じているこのバンド固有の親密な空気感。 悲しみに真正面から向き合いながらもクヨクヨせずに前に進むような、そしてそんな在り方を肯定するかのような、このバンドにしか生み出せないのではないかという温かい抒情性があるように思えます。
 
収録された10曲は全てが異なる方向性の名曲揃い。ホーンリフがとりわけ印象的な「The Littlest Things」や、サビのエモーショナルさが凝った曲展開によって増している「They Broke Him Down」は彼らの持ち味が存分に出たキラーチューン。その他にもパンキッシュな疾走感溢れる「Ungrateful」やラテン調の「If Only For Memories」など曲のバリエーションも多彩。それらが連なるアルバム全体の流れの滑らかさも完璧で、『Everything Goes Numb』や『Somewhete In Between』といった彼らの過去作をさらに上回る完成度。自分が今まで聴いた全てのアルバムの中でも1位、2位を争う名盤だと断言出来ます。

ちなみに、自分がこのバンドの存在を知ったのは本当にたまたまです。自分が大学生の頃、語学学習サイトでチャットをしていたアメリカ人男性と音楽の話題になった時に、彼が好きなバンドとしてStreetlight Manifestoの名前を挙げており、まあ話を合わせる為に聴いておくか……くらいの気持ちで彼らの「Would You Be Impressed?」という曲を聴きました。そして聴いた瞬間にそのクオリティに衝撃を受け、一瞬でファンになりました。そのアメリカ人とはそれ以来やり取りをしていませんし、自分がスカパンクを調べていけばこのバンドの存在をいずれ知っていた可能性は十分にあるので、このバンドの存在を知ったことを運命的な出会いだなんてことは微塵も思っていたりはしません。とはいえ、このバンドの曲を聴くと、何がきっかけで素晴らしいアーティストに出会えるか分からないものだなぁと感慨深い気持ちになる時がありますし、それと同時に自分が知らないジャンルの実力者というのはまだまだ居るなと痛感します。今後も未知の音楽との出会いを大切にしていきたいですね。




番外編:ゲーム音楽
最後に番外編となります。「私を構成する」 音楽を振り返った時に外せないのが(Jay-Zの項でも少し触れた)自分にとっての音楽の原体験とも言えるゲーム音楽です。自分は今はゲームをあまりプレイしませんが、かつては一般的な小学生よろしくかなりのゲーマーでした。主にスーパーファミコンからニンテンドーゲームキューブにかけての任天堂系ハードのゲームを中心にプレイしてきた自分にとって、『スーパーマリオランド3  ワリオランド』のエンディング曲や『カービィのエアライド』の「サンドーラ」など幼少期から心に残り続けている名曲はいくつもあります。

その中でも特に自分の心に刻まれているのはNINTENDO64『がんばれゴエモン~ネオ桃山幕府のおどり~』と『がんばれゴエモン~でろでろ道中 オバケてんこ盛り~』の二作の音楽です。音楽のクオリティの高さに定評のある「ゴエモン」シリーズの中でも両作品には、T-SQUARE系統のフュージョンを和風にしてメロディの躍動感を何倍も強化したような、神がかり的な名曲が詰め込まれています。「夕焼け Want you」「火炎狐に氷の刃」「亀上的竜宮生活」「ウキウキラプソディ」などなど、名曲を挙げていけばキリが無いくらいです。ダンジョン(城ステージ)の奥に進むにつれて盛り上がりを増していくというゲームならではドラマティックな構成美(「熱血マン」と「地底の落園」は特に秀逸)を含め、入手困難を極めるサントラを聴くよりも実際にゲームをプレイしたほうがその音楽の奥深さを味わえます。両作品とも音楽を抜きにしてもシンプルにアクションゲームとしても名作なので、機会があればぜひ触れてみて下さいませ。



さて、最後に少し話が逸れてしまいましたが、これにて「私を構成する9枚」は以上になります。どのアルバムも非常にお勧めできる作品ばかりですので、ぜひ聴いてくださると幸いです。読んで頂きありがとうございました。