今回紹介するのは、NYを拠点に活動するパキスタン出身のシンガーソングライターArooj Aftab(アルージ・アフタブ)による作品。2021年に発表されたソロ名義の前作『Vulture Prince』は各方面から高評価を受けた作品であったが、夜を主題とした今作はそれをさらに上回る傑作。フォーク、クラシック、ジャズ、さらに南アジアの伝統音楽をアンビエント寄りの感覚で溶け合わせた彼女独自の音楽はさらなる深化を遂げている。

アルージの生み出す楽曲は欧米で主流のポップ・ミュージックと比較して抽象度が高く、歌もの楽曲としては掴みどころがない部類に入る。こうした音楽は主旋律や曲展開をある程度覚えるまでは 「なんとなく良い雰囲気だなぁ」くらいの印象止まりになってしまうことが自分にはあるのだが、今作に関しては一聴してその世界に引き込まれた。

作編曲にジャズ/ソウル的な親密な空気感が増したこと、曲展開がより引き締められたこと、躍動感のあるベースやパーカッションの用いられる頻度が増えたことなどがその要因だろう。とりわけ素晴らしいのがアルージの歌声で、浮遊感と落ち着きが同居した陰りある歌唱は、歌い出した瞬間に空気そのものが一変するような魔力がある。SadeやJeff Buckleyが引き合いに出されるのも頷ける稀有な歌声の持ち主だ。

妖しく幻想的な世界へと誘うオープナー「Aey Nehin」や微かなオートチューンが効果的なリードシングル「Raat Ki Rani」といったとっつきやすい楽曲群と、ジャズ・スタンダードを独自解釈した「Autumn Leaves」やベースが先導する「Bolo Na」のようなやや抽象的な楽曲が並列されているのも良いバランス。アルバム全体を通してなだらかな緩急やうねりが感じられる作りになっており、こうした点でも『Vulture Prince』よりも親しみやすいアルバムになっているように思える。

今作は現時点で既に音楽雑誌で高い評価を受けており、今年度のベストにも軒並みランクインするものだと予想できる。自分は長年音楽を聴いてきたが、こう、心の奥底からじんわりと感動が込み上げてくるような経験は久しぶりだった。エスニックな旋律やウルドゥー語から感じられる表面的な“異国情緒”などを遥かに超えた神秘的な音世界。何度聴いてもその深みに気付かされる、まるで夜そのもののような謎めいた奥行きがある傑作だ。

Rating:89/100