USのシンガーソングライターの三作目。優れた内容だった前作 『An Overview On Phenomenal Nature』で注目を浴びた彼女だが、今回の新譜はさらに上回る非常に充実した作品。 各音楽雑誌の評価も高く、今年のフォークを代表するアルバムになるのではないかと思う。

カサンドラ・ジェンキンスの音楽はいわゆるアンビエントフォークと形容されることが多く、柔らかく包み込むような歌いまわし、洗練されたサウンドテクスチャーや環境音などジャンル特有の要素は多い。また、ブラスやストリングスによるチェンバーポップ的な編曲も色彩感豊かで素晴らしいものがある。

そして、それと同時に彼女の音楽の特徴と言えるのが、ドラムやペースといったいわゆるリズム隊の力強さ。 そうした傾向は前作でも見受けられたのだが、今作では彼女が10代の頃に愛聴していたRadiohead『The Bends』や、Tom Pettyといった90年代ロックを自分なりに再現したいという意向があったようで、それは「Clams Casino」や「Petco」といった楽曲に強く反映されている。端的に言えば“ロック”っぽい要素が増えた。もちろん、そうしたロック寄りの楽曲ではない瞑想的な「Omakase」やドリーミーな空気感の「Only One」といった楽曲の持つ魅力は健在。

今作でとりわけ素晴らしいのが音響で、とくにクリーントーンからノイジーな音色まで緻密にコントロールされたエレキギターの音色には理屈抜きでため息が出るものがあった。前作に引き続きフィールドレコーディングによる環境音も随所に取り入れられており、これも単なる情景を想起させる為のものでなく音楽的に意味のあるものになっているように思える。(ちなみに、自分が今作を初めて聴いたのは電車内でノイズキャンセリングイヤホンを使用しながら。その際「このリスニング環境でここまで音が良く感じるなら、自宅でヘッドホンで聴いたらどんだけ良くなるんだ…!?」と驚愕した覚えがある。)

話が逸れるが、自分が音楽を聴くうえで心がけていることがある。それは「 “良い感じの雰囲気の音楽”をなんとなくで良いと思わない」ということだ。ジャンル名で言うところの「○○フォーク」 「インディポップ」辺りに括られるようなアーティストにある傾向だと思うのだが、柔らかな歌声+ゆったりとした曲調で聴き心地が良いが、個性やアクが足りなかったり、特段“名曲”と呼べるような楽曲が無かったりして積極的に繰り返し聴きたくはならないということがままある。 癒しを追求しただけの音楽よりも、シンプルに歌声なりメロディなりに突き抜けた魅力があったり、どこか尖った部分がにじみ出てていたりする音楽のほうが面白いし聴き返したくなる。

そんな(面倒くさいことを考えている)自分にとって今作は絶妙なツボを突いてくれる作品だった。ジェンキンスの穏やかで浮遊感のある歌いまわしは正直そこまで好きになれない(もっと芯のある歌唱のほうが好み)だが、 楽曲に包容力とミステリアスさを加えているし、聴いているうちにこれはこれでアリかなと思えてきた。楽曲のクオリティもバラツキが無くどれも高水準で、サウンドのテクスチャには幻想的な空気感を漂わせている一方で作編曲自体は明瞭な展開なのも親しみやすい点だ。

また、アンビエントやソフィスティポップ的な潤いのある穏やかさの内側から、Tom PettyやLucinda Williams(傑作『Car Wheels On A Gravel Road』で知られるオルタナティブカントリー界のベテラン)を彷彿とさせる、アメリカ音楽特有の乾いた抒情性が滲み出てくるような質感もたまらない。こうした要素は自分の嗜好にかなり刺さる類のもので、そこに強く惹かれたからこそ今作を何回も繰り返し聴いているのだと思う。これから何度も聴き返すだろうしその度にその深みに気付かされるような予感がする、末永く付き合いたいアルバムだ。

Rating:90/100


なお、今回のレビューを書くにあたって下記のインタビューを参考にさせてもらった。 比較的遅咲きだった彼女のキャリアについてや、 仕事に関する考え方、自然に対する価値観など読み応えのある内容なので一読することをお勧めする。

シームレスに繋がる個人と社会と音楽──カサンドラ・ジェンキンスが語るサード・フル・アルバム『My Light, My Destroyer』(https://turntokyo.com/features/interview-cassandra-jenkins-my-light-my-destroyer/