今回は2023年に自分が聴いて良かったと思う作品を20枚程選んだので、ご紹介させて頂きます。

自分はそれなりに音楽のオタクであるという自覚はありますが、今年は過去の作品を聴く回数が多かったりしたので、正直なところ、他の年間ベスト記事を公開してる方々と比べると聴いた新譜の数はそこまで多くはありません。とはいえ、シーンにおける「時代性」や「革新性」のようなものを無視して完全に自分の好みで選んだので、割と自分らしさが反映されたラインナップになっているかとは思います。よろしければ最後までご覧ください。


20.Forest Swords『Bolted』
画像
Ninja Tune所属の電子音楽の作曲家による3作目。ジャンルで言うと「Post-Industrial」や「Ambient Dub」等と表記されることが多い。全体的にインダストリアルかつ殺伐とした手触りだが、民族音楽風のメロディにはキャッチーで耳に残るものが多く、決して聴きにくくは無い作品。薄暗い森の奥の廃墟を一人探索しているかのような怪しげで不穏な空気感がたまらない、Dead Can Danceなどが好きな人にお勧めしたい秀作。

19.Parannoul『After the Magic』

画像
海外でも評価の高い韓国のシューゲイザー/エモの音楽家による作品。自分はもともとシューゲイザーというジャンルがそこまで好きでは無く、以前、彼の出世作である『To See the Next Part of the Dream』を聴いた時も特に感銘を受けることは無かった。
しかしながら、あまり期待せずに聴いた今作にはとても引き込まるものがあった。弦楽器のアレンジにメリハリが効いていて前作よりも曲中の緩急の押し引きがしっかりしており、自分がシューゲイザーと聴いてイメージする平面の音の壁よりも、もっと立体的かつ適度な分離間のある音像だという印象を受けた。歌のメロディも雰囲気重視ではなくとしっかりフックが利いており、彼が単なるハイプで無いことを痛感させられた。シューゲイザーというジャンルに抵抗がある人にも聴いて欲しい優れた作品だと言えよう。

18.cero『e o』

画像
ceroは“研究家肌”なバンドだと思う。自分達の立ち位置や目指すべき音楽的方向性を明晰に分析し、しかもそれを小手先のアイデアに終始させず、高い完成度で具現化するだけの確かな実力がある。そして、その強みは今作も健在。
今作は不思議な作品だった。前半部分はTortoise『TNT』をさらに複雑にしてかつ飲み込みやすくしたような印象だが、後半はよりアンビエントR&Bやハウスといった所謂ブラックミュージックに接近したような感触を受ける。しかしながら、そういった安易な形容をすり抜けるような独創的なサウンドスケープが展開されており、似たような作品があまり思い浮かばないというのが正直なところ。発表当初、Twitter(現X)上の音楽好きが騒然としたのも頷ける怪作。

17.Sleep Token『Take Me Back To Eden』

画像
UKのメタルバンドの3作目。今作で初めて聴いたバンドだが、話題になるだけのことはあると唸らされた作品のひとつ。自分はDjent辺りとThe 1975やJames Blake辺りの非メタル音楽を融合させた印象を受けたが、単なる足し算にはなっていない独自性がある。音楽性は全く違うものの、参照元の幅広さとそれらを結合して血肉化するバンドとしての地肩の強さはBlack Country, New Road級かもしれない。メタルに全く関心が無い人でも聴く価値のある重要作なのは間違いない。

16.Queens Of The Stone Age『In Times New Roman...』

画像
USのハードロック/ストーナーロックバンドによる8作目。実にブルージーかつハイ・クオリティな「ロックンロール」アルバムとしか言いようのない作品である。秀逸なギターリフもさることながら、自分は特にダンディな色気と繊細な表現力を兼ね備えたジョシュ・ホーミのヴォーカルに惹かれるものがあった。
こういった優れた作品が、(ロックが流行しているとは言い難い)2023年に出て来たことを非常に嬉しく思う。USインディロック界の雄Spoonのように、彼らには今後も優れた「ロックンロール」のアルバムを期待したいところだ。

15.UNISON SQUARE GARDEN『Ninth Peel』

画像
いわゆる「ロキノン系」の人気バンドの9作目。自分はユニゾンことUNISON SQUARE GARDENの最大の魅力は「軽やかさ」だと思っている。ポジティブなメッセージを遊び心のある言葉遣いで伝える作詞。そして、ポップで躍動感のある作編曲と確かな演奏力。
彼らの色んなジャンルを自分達なりの解釈でアウトプットする力量は非常に高く、例えば過去作の楽曲で言うと、ラグタイム風の「mix juiceのいうとおり」や、スカ・パンク風の「君の瞳に恋してない」などがある。今作においては「カオスが極まる」がThe Dillinger Escape Plan等の海外のマスコア(カオティック・ハードコア)を参考にしたと思われるのだが、最終的には彼ら独自のポップな楽曲に仕上がっていおりそこに違和感は無い。
また、演奏技術について。彼らはデビュー当初から演奏技術のあるバンドであったが、今作においてアンサンブルの強靭さはさらに高いレベルに到達。ロックらしい快活さがありながらも、しっかりと地に足の着いたグルーヴは、長年バンドとして研鑽を積んできた彼らにしか出せない旨味が凝縮されている。
アルバム全体の流れに関しては、全ての楽曲がシングル級のキャッチーな楽曲でありながら、その中でバリエーションや緩急の付け方が見事と言うほかない。「ロキノン系」に括られていることが損しているのではないかと思えるくらいの優れたアルバム。

14.Gia Margaret『Romantic Piano』

画像
US出身のシンガーソングライターによる3作目。自分はアンビエントというジャンルに全く詳しく無いので特に語れることは無いのだが、牧歌的な空気感が非常に素晴らしく、就寝前に聴く機会が多かった。26分というアルバムの尺の短さもあって、良い意味でこじんまりとした親密さがある作品。

13.In Flames『Foregone』

画像
メロディック・デス・メタルを代表するバンドの14作目。音楽性の変遷に関して賛否あるバンドだが、今作はいわゆる「疾走曲」の数がそれなりにあり、近作の中では比較的メタラー受けしそうな作風。また、「Embody The Invisible」のようなキラーチューンこそ不在なものの、楽曲の全体的なクオリティは総じて高く、バラード寄りの楽曲も全体の流れを損なわずに配置されているように感じる。
今作で素晴らしいのは演奏面だ。新加入したTanner Wayneのドラムが非常に良い。ハードコア畑らしい躍動感あるリズム感と多彩なフレージングはIn Flamesに新たな一面を加えている。一打一打の迫力も見事。また、今作において一段とパワフルさと表現力を増したAnders Fridénのヴォーカルも非常に迫力があり、ドラムと合わせてこのバンドがさらなる高みに達したことを主張している。メロデス黎明期~モダン・メロデスにかけてシーンを開拓したバンドの意地が伝わってくる力作だ。

12.Kelela『Raven』

画像
USのR&Bシンガーによる2作目。冒頭のシンセサイザーと彼女のシルキーな歌声から、その音響のあまりの美しさに驚嘆した作品。近年の一流のR&Bや電子音楽の作品の音響はどれも高水準ではあるが、今作における艶やかな音作りは一段とハイ・クオリティなように思える。


ジャングルやドラムンベース由来のハードなビートと、アンビエント寄りの音響と歌声が不調和を起こすことなく、お互いが引き立てあって抽象的な美を表現されている。個人的にはSolange『A Seat At The Table』や三浦大知『球体』といったアンビエントR&Bの名作に比べると、やや作品全体のトーンが一本調子に感じる部分があるのだが、その辺りは好みの問題だろう。温かくも冷たくも無い、アルバムカバー通り、水の中を永遠に揺蕩い続けるかのような世界観が素晴らしい作品。

11.Black Country, New Road『Live At Bush Hall

画像
Slapp Happyなどのいわゆるアヴァン・ポップや、Slintといったマス・ロック、そして室内楽をベースに独自の音楽を生み出したUKの実力派バンドのライブ盤。短尺の歌モノメインで、今までよりも聴きやすい作風。
メンバー脱退などのバックグラウンドを一切無視したとしても、悲しみを受け入れ前へ歩みを進めるかのような、特別な雰囲気が作品全体から漂っているように思える。1st,2ndから今作に至るまで名盤続きのこのバンドの次回作が本当に楽しみだ。

10.ずっと真夜中でいいのに。『沈香学』

画像
ヴォーカルのACAねを中心に結成された音楽グループの3作目。100回嘔吐による躍動感のあるベースギターを強調した伴奏は、ファンクやR&Bといったブラックミュージックの味付けが利いており、多層的で非常に厚みのある。そして、その上を絶妙な力加減と優れたリズム感で自由に泳ぎ回るACAねのヴォーカルも際出った存在感を放っている。歌メロもキャッチーで非常に印象的。グループ名や曲名から醸し出される世界観になんとなく抵抗があって聴かず嫌いしていたのだが、実際に聴いてみてそのクオリティに圧倒された作品。

9.Mitski『The Land Is Inhospitable And So Are We』

画像
ニューヨークを拠点に活動する日系アメリカ人シンガーソングライターによる7作目。「最もアメリカ的なアルバム」と本人が語る通り、60年代後半~70年代のフォーク/カントリー系統の音楽の感触が強い作品。また、Lana Del ReyやWeyes Bloodの作品にも関与していたDrew Ericksonがオーケストラの編曲を担当しており、今までの彼女の作品に無かった壮大さ・格調高さが加わっている。また、そういった伴奏に全く引けを取らない、彼女特有の陰りのある抽象的な歌メロと、その柔らかかつ幽玄な歌声も素晴らしい。
あくまで個人的な好みではあるが、Mitskiの歌声や楽曲には今作のような編曲が一番合っているのではないかと思う。先ほど名前を挙げたLana Del ReyやWeyes Bloodの作品にも引けを取らない、圧巻の作品。

8.boygenius『the record』

画像
Julien Baker、Phoebe Bridgers、Lucy Dacusといった実力派シンガーソングライターが結集したグループによる初のフルアルバム。そして、格媒体で大絶賛されている作品でもある。素朴だがとても美しいメロディとハーモニーの楽曲が並んでおり、全体的にはしっとりした印象。その中でも、Julian Baker主導で製作してあろう「$20」や「Anti-Curse」といったオルタナ/ローファイ寄りの楽曲がアルバム全体の良いアクセントになっている。各メンバーのパーソナリティや関係性、その他諸々の周辺情報を抜きにしても、純粋に非常に完成度の高い名盤だ。

7.YOASOBI『THE BOOK 3』

画像
作詞作曲のAyaseとヴォーカルのikuraのユニットによるEP作品。EPではあるが、収録時間が29:26なので「アルバム」として十分な尺があると思いランクインさせた。
内容に関しては、とにかく「曲が良い」としか言いようが無いくらい印象的なメロディの曲が連発されるのだが、それには秀逸な歌詞も貢献しているように思える。難しい言葉は多用せず、それでいて見事に韻を踏む作詞ががメロディの良さをさらに際立たせているのだ。また、瞬発力と瑞々しさ溢れるikuraの歌唱も、楽曲をさらにキャッチーで聴きやすいものにしている。
全てにおいてクオリティが高く、現在の邦楽界のトップランカーとしての貫禄を感じさせる圧巻の作品。なお、今作収録の「アドベンチャー」は自分が今年最もリピートして聴いた楽曲だ。


6.Kara Jackson『Why Does The Earth Give Us People To Love?』

画像
USのシンガーソングライターのデビュー作。聴く前はシンプルなアコ-スティック作品を予想していたのだが、実際にはNnamdiやSen Morimotoといった実力派アーティストによる独創的な編曲が加えられており、良い意味で期待を裏切られた作品。今作はKara Jacksonの歌声がとにかく良い。Nina Simoneを髣髴とさせる滋味深くどこか陰りのある歌声は、今作を単なる穏やかなフォーク作品に留まらせることなく、どこか不穏な空気感を加えているように思える。
独特の歌声と、作編曲におけるブルース感とフォーク感の絶妙な塩梅から、自分は本作を聴いてKaren Daltonの『In My Own Time』を思い出した。そして、今作はその名盤に負けず劣らずの完成度である。

5.ANOHNI & The Johnsons『My Back Was A Bridge For You To Cross』

画像
自分はANOHNIがこの世で最も歌が上手い人物の一人だと思っている。声の完璧なコントロール力や卓越した感情表現力など、言語の壁を越えて歌唱だけで聴き手の心を揺さぶる、掛け値なしで最高のヴォーカリストなのは間違いない。抽象的な表現で恐縮だが、歌そのものが発する“エネルギー量”が凡百の歌手とはあまりにも違い過ぎる。
Marvin Gaye『What's Going On』を念頭に置いて製作したという今作は、従来の作品よりもソウル・R&B色が強く、より温かみのある作風。そして、今作はとにかくギターが良い。共同プロデュース兼ギタリストのJimmy Hogarthの演奏が冴えわたっているのだ。「Scapegoat」終盤のドラマティックなギターパートや、「Why Am I Alive Now?」における艶やかなカッティングなどは、純粋な「音色」そのもので聴き手の心を鷲掴みにする強烈な存在感を放っている。
ANOHNIの歌声の凄まじさは言うまでも無いが、それ以上にギターの表現力と存在感に唸らされた作品。メッセージ性の強さと併せて、時代を越えて語り継がれるであろう傑作だ。

4.Sampha『Lahai』

画像
UKのシンガーソングライターの6年ぶりの作品。アフリカの民族音楽、クラブミュージックそしてSteve Reichなどから影響を受けた、複雑かつ多層的なリズムの楽曲が支配的なのだが、窮屈な印象は全く無い。それはひとえに、包容力と絶妙な力加減を兼ね備えた彼の歌声およびコーラス、および薄めの低音域によって作品全体から漂うスピリチュアルな空気感に起因するものだろう。また、各楽曲の歌の旋律も耳に残るものが非常に多く、決して雰囲気偏重の作品には陥っていない。
ある程度の種類の音楽を聴いてきた人なら誰が聴いても引き込まれる“分かりやすい凄み”がある一方で、何度聴いても飽きない深みも兼ね備えている。後続のミュージシャンに大きく影響を与えるであろう大傑作。

3.Vaundy『replica』

画像
数多くのタイアップ曲を手掛ける若手シンガーソングライターによる2ndアルバム。自分がVaundyの音楽に強く心を動かされる点は、楽曲の圧倒的な良さは当然として、それと同等に彼の歌声にある。中学生の頃から歌い手として活動していた彼の歌声は、滑らかなリズム感や楽曲による歌い分けといった技巧的な面で非常に高水準。しかしそれだけでなく、その歌声の根底には、彼独特の深い余韻のようなものがあるように思えるのだ。音楽を「感情を表現する手段」として捉えた時に、彼の歌声にしか出せない切実さや哀愁は本当に尊いものがある。今作収録の「怪獣の花唄 - replica -」と「そんなbitterな話」の2曲は、そんな彼の良さが特に凝縮された名曲だ。
なお、今作の楽曲はOasisやRadioheadといったメジャーな洋楽ロックから大きく影響を受けているものが多いため、「パクリかオマージュか」といった事柄が話題になりがちな作品でもある。その件に関して語ると長くなるので割愛するが、自分としては「楽曲や歌唱にはVaundy自身のオリジナリティが強く出ているのであまり問題とは思わない」といった立場だ。今作は作品全体をトータルで見た時に、彼独自のオリジナリティが強く放たれている名盤なのは間違いない。

2.Arlo Parks『My Soft Mashine』

画像
UKのシンガーソングライターによるセカンドアルバム。自分はベッドルーム・ポップ等のジャンルに疎いので他作品と比較してどうこうは言えないが、本当に素晴らしいアルバムだった。透明感のある歌声と、落ち着きはありつつもしっかりとフックの効いたメロディはとにかく強力で、理屈抜きで聴き手の心を鷲掴みにする。また、各楽曲のパーカッション類のリズムパターンや音色のバリエーションも地味に多彩で、彼女の拘りが感じられる。
真剣に聴くのにも流し聴きにも両方に合う作風で、親しみやすいうえに聴けば聴くほど味が出てくる。まさに理想的な芸術作品だと言える。各雑誌の年間ベストの記事を見る限り、低評価ではないにしろそこまでの高評価を受けていない印象を受ける。それでも、自分にとっては本当に大好きな作品だ。

1.Peter Gabriel『i/o』

画像
UKの大ベテランによる、名盤『Up』から(カバー集などを除いて)21年振りとなる新作。そして、全ての楽曲が名曲と言っても過言では無い大傑作。個人的に思い入れのあるアーティストで期待していたのだが、今作は予想を超える完成度だった。
まず、今作は音響が本当に素晴らしい。「Bright-Side Mix」と「Dark-Side Mix」の2種類のミックスがあるのだが、自分としては圧倒的に「Bright-Side Mix」が好みのためそちらばかり聴いている。全ての楽器の音色が際立って美しく輝いているのに、全体としては統制の取れた丸みを帯びている異様な作りこみには唸らされるものがある。
音楽的には前作『Up』と同じく、闇の中に一筋の光が差し込んだかのような尊い美しさが感じられる、神秘的な作風。オーケストラやクワイアによる壮大さの演出や、民族音楽風のリズムの作り込みも素晴らしい。また、今作はポップミュージックとしては長尺な6分近い尺の楽曲が多いのであるが、そのことが、作品全体に適度なアンビエント感を与えているように思える。

今作の楽曲が神秘性を放ちつつも、浮世離れしていない、親密な空気感を備えているのは特筆すべき点であろう。それには作編曲以上に、Peter Gabrielの歌唱が貢献しているのだと思う。正直なところ、彼の声質は美声といったタイプではなく、どこかくぐもった質感だ。声量で押すタイプでもない。しかしながら、むしろその歌唱こそが今作の壮大な楽曲群に適度な親しみやすさを与えているように感じられる。中でも「Playing For Time」は、世界でこの人にしか出せないのではないかという渋い抒情性がある珠玉の名バラードだ。
自分は音楽レビューに関してあまり大仰なことは言わないように心がけている。だが、彼のキャリア史上最高クラスの最終曲「Live And Let Live」の大団円には、音楽という芸術の美しさの本質が垣間見えるような、そんな奇跡的な輝きがあると言いたくなる。唯一無二の美しさを放つ大傑作だ。