2024年個人的年間ベストアルバム
2024年の年間ベストアルバムです。選ぶにあたっての基準はあくまで“鳴っている音が自分好みかどうか”です。“時代を反映しているか”とか“音楽メディアの評価”みたいなことは一切配慮していません。一年単位のトレンドに安易に左右されない普遍的な魅力こそが音楽という芸術の美点の大半を占める部分だと思いますし、いくら他人が絶賛していようと好きになれない音楽があるのは普通のことなので。
今年は新譜よりも2023年以前のアルバムを聴くことが多かったり、自分のツボにハマるアルバムが少なかったのもあって、ベスト10+番外編1作という少なめの枚数となっています。また、以前個別記事で書いたアルバムについてはほぼそのまま引用しています。なので「だ・である調」と「です・ます調」の文章が混合していたり文章量の多寡に差があったりと、全体でやや不格好な記事になってしまいましたがそこはご了承くださいませm(_ _)m
10.Adrianne Lenker『Bright Future』
USインディフォークの代表格Big Thiefの中心人物Adrianne Lenkerによるソロ3作目。Big Thiefの傑作『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』やソロ名義の前作『songs and instrumentals』などの完成度から明らかなように、彼女は今やソングライターとして全盛期を迎えています。
前作『songs and instrumentals』はシンプルな弾き語り+環境音という簡素な作風により、Linda PerhacsやVashti Bunyanらによるアシッドフォークの名盤群に匹敵する霊性すら感じられるアルバムでした。そんな前作と比較すると今回の『Bright Future』は少し趣が異なります。1曲目「Real House」こそ掴みどころの無い楽曲で少し戸惑ったのですが、2曲目「Sadness As A Gift」はカントリー風味のフィドルが軽快でキャッチーだし、それ以降の楽曲もまるで山奥でひっそりと歌っていた彼女が村の近くまでやってきたような、どこか開放的な雰囲気の曲が多い気がします。全ての歌と演奏が彼女一人の手によるものだった前作とは異なり、Nick Hakimらゲストミュージシャンのコーラスや演奏が用いられた曲が多いのもそうした印象に寄与しているかと。
自分は前作の超然とした(それでいて親密な)の方向性が好きですが、今作も良いアルバムだと思います。折に触れて聴き返すであろう一枚。
9.Vampire Weekend『Only God Was Above Us』
時が経つのは早いもので、Vampire WeekendがUSインディシーン期待の若手として2008年にデビューしてからもう16年になる。Pitchforkの(ある種の権威化も伴う)影響力拡大と共に2000年代中期から隆盛したUSインディシーン。活動休止状態のGrizzly BearやTV On The Radio、全盛期ほどの批評的評価を得られていないAnimal CollectiveやDeerhunterなど、2020年代に入ってかつての隆盛は失われたように見受けられる。しかしそんな中、Vampire WeekendはThe NationalやFleet Foxesといったバンドと同じく、シーンの生き残りとも言える存在だと言えよう。
今回紹介するのは、Vampire Weekendが2024年に発表した作品『Only God Was Above Us』。1stから破格のクオリティの名盤を連発して来た彼らだが、今作は大傑作の3rd『Modern Vampires Of The City』に比肩する完成度となっている。中心人物のエズラ・クーニグが語る通り、今作は彼らのディスコグラフィ史上最も硬質なサウンド・プロダクションだ。ミキシングを担当したのは名手デイヴ・フリッドマンで、彼による艶やかで広がりのある音響処理が実に冴えわたっている。
歪んだノイジーな音使いによる適度な汚しが随所に加わっているのは、今作における分かりやすい新要素だ。これによって生まれているのは、清濁が渾然一体となった混沌とした美しさ。もちろん、それは彼らのとにかく軽やかで親しみやすい卓越したメロディ・センスあってのこと。新たな要素によって彼らの従来の魅力がさらに浮き彫りになるという、バンドの進化の方法論としてはこの上ない成功例だろう。
また、デビュー当初よりVampire Weekendは、演奏や音作りにおいてドラムの存在感が大きいバンドだ。彼らは高度な演奏技術を売りにするタイプのバンドではないが、かつてFoo Fightersのデイヴ・グロールが賞賛したクリス・トムソンによる個性的なドラミングはアンサンブル全体に不思議な異物感を付与している。前作『Father Of The Bride』では不参加だった彼は本作において約半数の楽曲に参加しており、そのパワフルな音色を聴かせてくれる。
Vampire Weekendは広義の「ロック」に分類される音楽性のバンドの中ではかなり毒気の少ない部類で、良くも悪くも“知的”なインディ・ロック然とした佇まい含めて好みが分かれる部分はあったと思う。しかし、今作は新鮮なサウンド・プロダクションといった分かりやすく刺激的な要素が前面に押し出ていることもあり、今まで彼らの音楽に物足りなさを感じていた人も聴いてみる価値があるだろう。今年を代表する名盤なのは間違いない。
8.Bring Me The Horizon 『POST HUMAN: NeX GEn』
UKの人気メタルバンドBring Me The Horizonによる7作目のフルアルバム。アルバム毎に作風を変化させつつ興味深い作品を発表し続ける彼らだが、今回の新譜はひときわ高い完成度を誇っている。
今作の全体的な音楽性をざっくりと纏めるなら、90年代後半~2000年代にかけての若者向け音楽――エモ、ポストハードコア、スクリーモ、ニューメタル、オルタナティブメタル、メタルコア近辺の音楽――を総括し、その上でエレクトロやハイパーポップ風の近未来的な装飾を加えた内容と言い表せるだろう。ギターリフよりも歌が主軸に据えられた楽曲の構造や、スクリームやブレイクダウンの登場頻度の少なさ故、メタル系よりもエモやポストハードコア系の要素が前面に出ている印象。また、全体的に歌メロは非常にキャッチーかつ強力で、オリバー・サイクスの歌唱力も相まって初期Linkin Parkに匹敵する問答無用の説得力を感じる。その一方で、近作で見られたどこか神聖さを感じるアトモスフィアが減退しているのは個人的には残念な点だ。(なお、今作の製作中にキーボード奏者のジョーダン・フィッシュが脱退しているが、あくまで制作途中での脱退のため直接的な要因かは定かではない。)
楽曲毎に見ていくと、実質的なオープニング曲「YOUtopia」がまず素晴らしい。オリバーの表現力豊かな歌い回しには“エモい”という画一的な言い回しでは捉え切れない切実さがあり、このアルバムのトーンを決定づける名曲だ。「Top 10 staTues tHat CriEd bloOd」も日本のポスト・ハードコアバンドFACTを髣髴とさせるキラーチューン。その他にも、Underoathをゲストに迎えたスクリーモ曲「a bulleT w- my namE On」やポップパンクにハイパーポップやメタルコア的ブレイクダウンを融合させた「LosT」など秀逸な楽曲が揃っている。
また、今作はアルバム全体の構成も秀逸。曲間のSEやインタールードも考え尽くされており、オープニングからラストまでの流れるような展開美はこの手のジャンルのアルバムとしては異例なほど秀逸。アルバム全体で支配的な電子音やエフェクトの装飾の多さも統一感の付与に貢献しているように思う。
自分はエモやポストハードコアといったジャンルに対して個人的な深い思い入れは無いが、今作には強く惹かれるものがあり繰り返し聴いている。こうした“ラウド”な音楽を聴いていた世代には懐かしさがあるのはもちろん、初めて触れる層を問答無用で沼に引きずり込むほどのクオリティの高さがある。今まで彼らに全く興味が無かった人であっても聴くべき優れたアルバムだ。
7.寺尾紗穂『しゅー・しゃいん』
寺尾紗穂の音楽は前作『余白のメロディ』を聴いて初めて知り、とても感銘を受けた記憶があります。聴き手の心に染み入るようなたおやかな歌声と、ユーミンや大貫妙子といった神レベルのシンガーソングライターに届きうる作編曲のクオリティ。飛び道具に頼らない楽曲と歌の力だけで聴き手を圧倒出来る、稀有の実力の持ち主です。
今作『しゅー・しゃいん』はシンプルなアレンジの楽曲が多く派手さはありません。しかしそのぶん時代を超えるであろう普遍的な魅力あふれる楽曲の数々。アルバム全体でドラマティックな構成だった『余白のメロディ』と比べると穏やかな美しさが際立っている印象を受けます。
派手な刺激や新規性に欠けるせいなのかリリース当初もX(旧Twitter)上ではそこまで騒がれていなかった印象ですが、もっと多くの人に知られるべきアルバム。ちなみに、今作収録の「愛のありか」に参加しているあだち麗三郎、伊賀航と共に結成したバンド「冬にわかれて」の2023作『flow』も相当な傑作だったので、興味のある方はぜひ。
6.Bruno Berle『No Reino Dos Afetos 2』
ブラジルのシンガーソングライターによる2作目。“白昼夢のようなローファイMPB”という触れ込みに惹かれて聴き、第一印象では「ふーん」という感じだったのですが、リピート再生するうちにじわじわと自分の中での評価が上がっていったアルバム。
自分はブラジル音楽やベッドループポップにかなり疎いのであれこれ語ることは控えておきます。ただ、とにかく聴いていて心地の良い作風で、約28分という短めのトータルタイムもあって寝る前によく聴きました。
5.Arooj Aftab『Night Reign』
NYを拠点に活動するパキスタン出身のシンガーソングライターArooj Aftab(アルージ・アフタブ)による作品。2021年に発表されたソロ名義の前作『Vulture Prince』は各方面から高評価を受けた作品であったが、夜を主題とした今作はそれをさらに上回る傑作。フォーク、クラシック、ジャズ、さらに南アジアの伝統音楽をアンビエント寄りの感覚で溶け合わせた彼女独自の音楽はさらなる深化を遂げている。
アルージの生み出す楽曲は欧米で主流のポップ・ミュージックと比較して抽象度が高く、歌もの楽曲としては掴みどころがない部類に入る。こうした音楽は主旋律や曲展開をある程度覚えるまでは 「なんとなく良い雰囲気だなぁ」くらいの印象止まりになってしまうことが自分にはあるのだが、今作に関しては一聴してその世界に引き込まれた。
作編曲にジャズ/ソウル的な親密な空気感が増したこと、曲展開がより引き締められたこと、躍動感のあるベースやパーカッションの用いられる頻度が増えたことなどがその要因だろう。とりわけ素晴らしいのがアルージの歌声で、浮遊感と落ち着きが同居した陰りある歌唱は、歌い出した瞬間に空気そのものが一変するような魔力がある。SadeやJeff Buckleyが引き合いに出されるのも頷ける稀有な歌声の持ち主だ。
妖しく幻想的な世界へと誘うオープナー「Aey Nehin」や微かなオートチューンが効果的なリードシングル「Raat Ki Rani」といったとっつきやすい楽曲群と、ジャズ・スタンダードを独自解釈した「Autumn Leaves」やベースが先導する「Bolo Na」のようなやや抽象的な楽曲が並列されているのも良いバランス。アルバム全体を通してなだらかな緩急やうねりが感じられる作りになっており、こうした点でも『Vulture Prince』よりも親しみやすいアルバムになっているように思える。
自分は長年音楽を聴いてきたが、こう、心の奥底からじんわりと感動が込み上げてくるような経験は久しぶりだった。エスニックな旋律やウルドゥー語から感じられる表面的な“異国情緒”などを遥かに超えた神秘的な音世界。何度聴いてもその深みに気付かされる、まるで夜そのもののような謎めいた奥行きがある傑作だ。
4.Cassandra Jenkins『My Light, My Destroyer』
USのシンガーソングライターの三作目。優れた内容だった前作 『An Overview On Phenomenal Nature』で注目を浴びた彼女だが、今回の新譜はさらに上回る非常に充実した作品。 各音楽雑誌の評価も高く、今年のフォークを代表するアルバムになるのではないかと思う。
カサンドラ・ジェンキンスの音楽はいわゆるアンビエントフォークと形容されることが多く、柔らかく包み込むような歌いまわし、洗練されたサウンドテクスチャーや環境音などジャンル特有の要素は多い。また、ブラスやストリングスによるチェンバーポップ的な編曲も色彩感豊かで素晴らしいものがある。
そして、それと同時に彼女の音楽の特徴と言えるのが、ドラムやペースといったいわゆるリズム隊の力強さ。 そうした傾向は前作でも見受けられたのだが、今作では彼女が10代の頃に愛聴していたRadiohead『The Bends』や、Tom Pettyといった90年代ロックを自分なりに再現したいという意向があったようで、それは「Clams Casino」や「Petco」といった楽曲に強く反映されている。端的に言えば“ロック”っぽい要素が増えた。もちろん、そうしたロック寄りの楽曲ではない瞑想的な「Omakase」やドリーミーな空気感の「Only One」といった楽曲の持つ魅力は健在。
今作でとりわけ素晴らしいのが音響で、とくにクリーントーンからノイジーな音色まで緻密にコントロールされたエレキギターの音色には理屈抜きでため息が出るものがあった。前作に引き続きフィールドレコーディングによる環境音も随所に取り入れられており、これも単なる情景を想起させる為のものでなく音楽的に意味のあるものになっているように思える。(ちなみに、自分が今作を初めて聴いたのは電車内でノイズキャンセリングイヤホンを使用しながら。その際「このリスニング環境でここまで音が良く感じるなら、自宅でヘッドホンで聴いたらどんだけ良くなるんだ…!?」と驚愕した覚えがある。)
話が逸れるが、自分が音楽を聴くうえで心がけていることがある。それは「 “良い感じの雰囲気の音楽”をなんとなくで良いと思わない」ということだ。ジャンル名で言うところの「○○フォーク」 「インディポップ」辺りに括られるようなアーティストにある傾向だと思うのだが、柔らかな歌声+ゆったりとした曲調で聴き心地が良いが、個性やアクが足りなかったり、特段“名曲”と呼べるような楽曲が無かったりして積極的に繰り返し聴きたくはならないということがままある。 癒しを追求しただけの音楽よりも、シンプルに歌声なりメロディなりに突き抜けた魅力があったり、どこか尖った部分がにじみ出てていたりする音楽のほうが面白いし聴き返したくなる。
そんな(面倒くさいことを考えている)自分にとって今作は絶妙なツボを突いてくれる作品だった。ジェンキンスの穏やかで浮遊感のある歌いまわしは正直そこまで好きになれない(もっと芯のある歌唱のほうが好み)だが、 楽曲に包容力とミステリアスさを加えているし、聴いているうちにこれはこれでアリかなと思えてきた。楽曲のクオリティもバラツキが無くどれも高水準で、サウンドのテクスチャには幻想的な空気感を漂わせている一方で作編曲自体は明瞭な展開なのも親しみやすい点だ。
また、アンビエントやソフィスティポップ的な潤いのある穏やかさの内側から、Tom PettyやLucinda Williams(傑作『Car Wheels On A Gravel Road』で知られるオルタナティブカントリー界のベテラン)を彷彿とさせる、アメリカ音楽特有の乾いた抒情性が滲み出てくるような質感もたまらない。こうした要素は自分の嗜好にかなり刺さる類のもので、そこに強く惹かれたからこそ今作を何回も繰り返し聴いているのだと思う。これから何度も聴き返すだろうしその度にその深みに気付かされるような予感がする、末永く付き合いたいアルバムだ。
3.Khamai Leon『IHATOV』
君島大空らを擁するインディーズレーベルAPOLLO SOUNDS所属の若手バンドによる2作目。X 上で偶然見かけたバンドなのだが、その非常にユニークかつ高度な音楽性にはとても感銘を受けた。
メンバー全員が大学で音楽を学んでいたというアカデミックな経歴を持つKhamai Leonは、クラシック、現代音楽、ジャズ、ロック、ヒップホップなどのジャンルを巧みに融合したアヴァンギャルドな音楽性だ。自身の音楽性を彼らは 「エクスペリメンタル・クラシック」と標榜しており、楽曲にはクラシカルなフレーズを奏でる鍵盤楽器やフルートが多用されている。とはいえ、それと同時にギター、ベース、ドラムも一般的なロックと同様に用いられていたり、ヴォーカルパートに占めるラップの比重が大きかったりと、クラシック以外の音楽の要素も十二分に強い。なので、「エクスペリメンタル・クラシック」という形容を(少なくとも聴き手は)意識し過ぎることもないのでは無いかと思う。
今作を聴いて自分が連想したのは、UKのアヴァン・プログバンドblack midi。構成している音楽の要素や醸し出す雰囲気は異なるものの、縦横無尽に展開する楽曲の情報量、 そしてそれを可能にする演奏技術の圧倒的な高さは通ずるものがあるだろう(実際、彼らは過去に「John L」のフルートが印象的なカバーをライブで披露しておりYouTubeで視聴可能)。
その一方で、彼らをblack midiや他のアヴァン・プログ系のバンドと比較してダークで暴力的な印象は無く、むしろ溢れ出る創造性を理知的にコントロールしているような独特の気品が感じられる。雰囲気が近しい日本のアーティストを強いて挙げるなら、King GnuやKID FRESINO辺りが妥当だろうか。他にも、アルメニアのジャズ・ピアニストTigran Hamasyan辺りと共通する部分もあるように思う。
リーダーの尾崎勇太(フルート/MC)は東京藝術大学でフルートを専攻した経歴があり、フルート、ラップ共にその貢献は素晴らしい。軽やかな フルートならびに、力押し一辺倒ではない絶妙な力加減のラップは、楽器隊の俊敏なアンサンブルに適度な柔らかさを加えている。また、歪んだ音色のコントロールが上手すぎるギターをはじめ他メンバーの演奏も素晴らしく、誤解を恐れずに言えば、“フルート奏者が居る”という事実がそこまでのアピールポイントにならないくらい、他メンバーの演奏も印象的だ。
変拍子を織り交ぜながらカオティックに展開する「森」、ノイズ/インダストリアルロック寄りのヘヴィなギターリフが印象的な「Skew」、このバンドならではの劇的な展開で魅せるメランコリックなヒップホップ曲「潮鳴」など、個性的な楽曲が並ぶ。中でも、表題曲「イーハトーブ」はまさにキラーチューンと呼ぶにふさわしい一曲で、機動力抜群のピアノロックから開放感のあるサビへの展開が素晴らしい。
曲がりくねりながらも壮大なクライマックスへ向けて収束していくようなアルバムの流れも秀逸で、とても2作目とは思えない充実度。“プログレッシブ”や“アヴァンギャルド”と形容される音楽が好きな人にはぜひ聴いて欲しいし、そうでない人であっても耳を惹かれる確かなキャッチーさ、ポップさがある。彼らの今後の活躍がとても期待出来る名盤だ。
余談ですが、上記の投稿についてX上で、尾崎さんご本人から「よく聴き込んで分析して頂いただいてる」といった旨のポストをして頂けて非常に嬉しかったです……(小声)。
2.Alcest『Les Chants De L'Aurore』
フランスのポストブラックメタル/ブラックゲイズバンドによる7枚目のアルバムは、まごう事なき名盤だ。ブラックメタルをルーツに持ちつつもシューゲイザー、ドリームポップ、ポストロックを独自に配合したサウンドで幻想的な世界を描いてきたAlcest。温かみのある雰囲気やノスタルジーといった、一般的なメタルには無い要素を前面に出しているという点でも稀有な存在である。
ジャンルの草分けとなった1st『Souvenirs D'Un Autre Monde』の時点で既に高い評価を得ていたAlcestだが、個人的に彼らが一皮むけたターニングポイントは2016年発表の5作目『Kodama』だと認識している。従来よりもダークな作風となった同作は、楽曲の緩急の付け方、多彩なギターワークによる奥行き表現、リズムパターンのバリエーションなどが従来より格段に向上した傑作だった。なお、続く6作目『Spiritual Instinct』ダークさはそのままにリフ主体の楽曲構成によりメタルらしさが強調された一方、彼ら流の美旋律が控えめだったこともあってやや個性に欠けるアルバムだったように思う。
今作は1stと同じく、ここではない別世界への憧憬というコンセプトに立ち返って制作されたこともあり、近作のダークな雰囲気が刷新され、より多幸感やノスタルジーを重視したアプローチがとられている。そして、コーラスを含む歌を重視したことや、外部のミュージシャンがシンセサイザー等のアレンジに携わったことによって、従来よりさらに光溢れる世界が浮かび上がっているのが今作最大の魅力だ。
オープニングを飾る「Komorebi(木漏れ日)」まさにはタイトルさながら、光が差し込んで来る様子を克明にスケッチしたかのような名曲。各楽器の織りなす多層的なレイヤーがとても美しい。8分という尺の「L'Envol」はメロディもさることながら楽曲全体の構成に冗長さが無く、“プログレ”的な観点で見ても非常に優れた曲。総じて、アレンジの秀逸さがAlcestの抒情的な美旋律を過去最高に引き立てている、というのは今作を聴いて強く感じたところだ。
また、作編曲以外にもドラムが素晴らしい。アルバムのリリース毎にヴィンターハルターのドラムの表現力は向上しており、彼による重心が低めかつ“間”を大事にしたドラミングは、90年代シューゲイザーあるいはDeafheavenといったハードコア寄りブラックゲイズとの差別化に貢献しているように思える。「Flamme Jumelle」はドラムの手数の多さによる躍動感が浮遊感のある旋律を引き立たせているし、「Améthyste」終盤におけるリズムパターンの変化のつけ方などもユニーク。7分を越えるような曲をダレずに聴かせられるのはネージュの作曲能力だけでなく、ヴィンターハルターの力によるところも大きいだろう。
初期作品のノスタルジックで幻想的な美しさを蘇らせ、それを多彩なアレンジで際立たせた今作を、自分はAlcestの最高傑作だと断言したい。自分は発売以来20回以上繰り返し聴いていて、聴けば聴くほどさらにその深みに気付かされている。なお、オーガニックなサウンドプロダクションが(この手のジャンルにしては)耳に優しいし、ブラックメタル的な絶叫ヴォーカルの頻度もごくわずか。そうした点も含めて非常に聴きやすいので、もっとこの大傑作が広く知られて欲しいと願うばかりだ。
1.claire rousay『sentiment』
アンビエントや実験音楽の領域で活躍してきた音楽家claire rousay(クレア・ラウジー)による、“エモ・アンビエント”を標ぼうする歌モノ主体のアルバム。自分はアンビエントやエモ方面は詳しくなく、彼女の過去作も全く聴いたことなかったのですが、これが本当に素晴らしい作品でした。
今作の収録曲は、アンビエント的なインストゥルメンタルとフォーク/スロウコア的な歌モノで構成されています。そして、収録されている歌モノ楽曲はとにかく主旋律(歌メロ)の強力さが凄まじく、いずれも感傷的な名旋律ばかり(とくに「asking for it」は1分50秒で終わってしまうのが勿体なさすぎる鳥肌モノの名曲)。そして、それらがオートチューン処理されたラウジーの無機質なヴォーカリゼーションによって中和され、感情を適度に抑制するようなバランス感覚が素晴らしい。また、John Faheyなどのアメリカン・プリミティヴ・ミュージックを参考にしたというギターリフの反復には幽玄とした美が感じられます。
アルバム全体に流れるゆったりとしたアンビエンスと、胸を打つメロディの両立。今作は「抒情的なフォークミュージック」というシンプルな観点で捉えても破格のクオリティでしょう。アンビエントやスロウコアの大半は間延びしていてかったるいと感じてしまう自分でもダレずに聴きとおせます。内省的で物憂げな雰囲気はある一方で沈み込むようなダークさは無いのも、暗い音楽が苦手な自分の肌に合いました。
結局のところ、自分は主旋律の強い音楽に惹かれるしのだということを改めて認識させられたようなアルバムだった気がします。アンビエント的なインスト曲の良し悪しは正直良く分からないというのが本音ですが、それを差し引いても自分の中では今年ナンバーワンの大傑作。素晴らしい音楽と出会えて良かった。
番外編:Will Wood『The New Normal! (The Normal Album 2024 Edit)』
USのシンガーソングライターWill Woodが2020年に発表した3rdアルバム『The Normal Album』の再編集バージョン。そういうアルバムなので今年のベストに載せるのはルール違反気味なのですが、この傑作が日の目を浴びて欲しいという思いも込めて最後に番外編として選出させていただきました。
Will Woodが自身の抱える双極性障害を題材にした『The Normal Album』は、ピアノ主導のポップロックにドゥーワップやジプシー音楽やダークキャバレーの要素を加え、さらに特有のハイテンションな(“躁”的とも言える)ブラックコメディ感覚をプラスしたと言える作風です。ジャンル名で言うと「Progressive Pop」や「Avant-Pop」と形容されることが多いのですが、そうしたジャンルにありがちな取っつきにくさは皆無。海外のレビューではジャズ寄りメタルバンドのDiablo Swing Orchestra、あるいはMr. Bungle, Tom Waits, Man Manといったアメリカ奇天烈音楽が比較対象に挙げられていることがあり、たしかに彼の大袈裟でシアトリカルな歌いまわしも相まって、それらに通ずる胡散臭く油断ならない空気感があります。また、Queen, My Chemical Romance, 後期Panic! At The Disco, Streetlight Manifesto辺りが好きな人も一聴の価値あり。(Streetlight Manifestについてはこちらの記事を参照下さい。自分は世界最高のバンドのひとつだと思っています。)
今作収録曲は、3部構成のドラマティックなオープナー「Suburbia Overture」、スカ要素のある「2econd-2ight-2eer (That Was Fun, Goodbye)」やタンゴ風の「Laplace's Angel (Hurt People? Hurt People!)」、終盤を飾るエモーショナルなピアノロック「Marsha, Thankk You For The Dialectics, But I Need You To Leave.」など、全ての楽曲に異なるポップさとそこに垣間見えるダークさがあります。結果として、曲調がバラバラの楽曲が並べられつつもアルバム全体では統一感があるという、アルバムとしての理想形とも言える仕上がりとなっているのです(なお、上記曲名はオリジナル版に準拠)。
そんな『The Normal Album』をアップデートした『The New Normal!』は、リマスターによって音質がクリアになり、各楽曲のアレンジに微細な変更が加えられたり、ついでに曲名のおふざけ度合いが増したりしています。あくまでオリジナルが土台になっているのでアルバム全体の印象に大きな違いはありませんが、総合的な完成度はこちらのほうが上でしょう。なお、現時点でストリーミングサービスでしか聴けません(オリジナル版はBandcampで購入可能)。
彼は海外の大手音楽メディアの批評対象にはなってはいませんが、YouTube登録者数が19万人を超えていたり、収録曲「I/Me/Myself」がTikTokでバズった結果1000万回再生を超えていたりと、海外での知名度はそこそこあるようです。しかしながら、日本語圏ではX(旧Twitter)上で数名の方がつぶやいてる以外に文章が皆無。今作以外にも彼は、不気味さとコミカルさが両立したカオティックなダークキャバレー作『Self-ish』(Will Wood & The Tapeworms名義)といった秀逸なアルバムを発表しており、ミュージシャンとしての力量は音楽メディアで取り上げられている人達に勝るとも劣りません。自分のこの文章が、一人でも多くの方がWill Woodという優れたアーティストを知るきっかけになれば幸いです。